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外郎売りのせりふ

「外郎売りの台詞」は、俳優・アナウンサー・日本語教師などの間では、滑舌の練習としてけっこう有名なものです。この台詞は、歌舞伎十八番の一つで、亨保3年(1718)江戸森田座の「若緑勢曾我(わかみどりいきおいそが)」で二世市川団十郎が初演しました。曾我十郎が、外郎売りの扮装で妙薬の由来や効能を述べるものです。滝のような弁舌で言い立てをしたということから、評判になり、以後、時と場所を変えて、独立した一幕としたり、他の狂言に折り込まれたりして、上演されてきました。

歌舞伎のそれぞれの名はさておいて、外郎とは何かというと、外郎家が北条氏綱(1486-1541)に献じてから小田原の名物となった丸薬です。たん切りや口臭を消すために用い、また戦陣の救急薬ともしたといいます。殿上人が冠の中に入れて珍重したところから頂透香(とうちんこう)とも言われます。他に、外郎薬、外郎飴、痰切飴(たんきりあめ)とも言います。外郎売りとは、この外郎を売り歩く行商人のことです。

ところで、インターネットで「外郎売」と入力して検索すると、無数の「外郎売り」の原文が出て来ます。しかし、見ると、読み方もまちまちで、中にはかなり台詞の違うものもあります。ここでは、『日本語の発声レッスン』(川和孝著、新水社、1981)に拠りました。

では、この外郎売りの台詞をば、とくと御賞味くださりませ。


 拙者親方(せっしゃおやかた)(もう)すは、お立合(たちあい)(うち)に、御存(ごぞん)じのお(かた)もござりましょうが、お江戸(えど)()って二十里上方(にじゅうりかみがた)相州小田原一色町(そうしゅうおだわらいっしきまち)をお()ぎなされて、青物町(あおものちょう)(のぼ)りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤衛門只今(らんかんばしとらやとうえもんただいま)剃髪致(ていはついた)して、円斉(えんさい)となのりまする。元朝(がんちょう)より大晦日(おおつごもり)まで、お()()れまするこの(くすり)は、(むかし)ちんの(くに)唐人(とうじん)外郎(ういろう)という(ひと)、わが(ちょう)(きた)り、(みかど)参内(さんだい)(おり)から、この(くすり)(ふか)()()き、(もち)ゆる(とき)一粒(いちりゅう)ずつ、(かんむり)のすき()より()()だす。()ってその()(みかど)より、とうちんこうと(たま)わる。(すなわ)文字(もんじ)には「(いただ)き、()く、(にお)い」とかいて「とうちんこう」と(もう)す。只今(ただいま)はこの(くすり)(こと)外世上(ほかせじょう)(ひろ)まり、方々(ほうぼう)似看板(にせかんばん)(いだ)し、イヤ、小田原(おだわら)の、灰俵(はいだわら)の、さん(だわら)の、炭俵(すみだわら)のと色々(いろいろ)(もう)せども、平仮名(ひらがな)をもって「ういろう」と(しる)せしは親方円斉(おやかたえんさい)ばかり。もしやお立合(たちあい)(うち)に、熱海(あたみ)(とう)(さわ)湯治(とうじ)にお()でなさるるか、(また)伊勢御参宮(いせごさんぐう)(おり)からは、(かなら)ずお門違(かどちが)いなされまするな。お(のぼ)りならば(みぎ)(かた)、お(くだ)りなされば左側(ひだりがわ)八方(はっぽう)()(むね)(おもて)()棟玉堂造(むねぎょくどうづく)り、破風(はふ)には(きく)(きり)のとうの御紋(ごもん)御赦免(ごしゃめん)あって、系図正(けいずただ)しき(くすり)でござる。

 イヤ最前(さいぜん)より家名(かめい)自慢(じまん)ばかり(もう)しても、ご存知(ぞんじ)ない(かた)には、正身(しょうしん)胡椒(こしょう)丸呑(まるのみ)白河夜船(しらかわよふね)、さらば一粒食(いちりゅうた)べかけて、その気見合(きみあ)いをお()にかけましょう。()ずこの(くすり)をかように一粒舌(いちりゅうした)(うえ)にのせまして、腹内(ふくない)(おさ)めますると、イヤどうも()えぬは、()(しん)(はい)(かん)がすこやかになりて、薫風咽(くんぷうのんど)より(きた)り、口中微涼(こうちゅうびりょう)(しょう)ずるが(ごと)し。魚鳥(ぎょちょう)(きのこ)麺類(めんるい)食合(くいあ)わせ、()(ほか)万病速効(まんびょうそっこう)ある事神(ことかみ)(ごと)し。さて、この(くすり)第一(だいいち)奇妙(きみょう)には、(した)のまわることが、(ぜに)ゴマがはだしで()げる。ひょっと(した)がまわり出すと、()(たて)もたまらぬじゃ。

 そりゃそりゃ、そらそりゃ、まわってきたわ、まわってくるわ。アワヤ(のど)、さたらな(した)に、カ()歯音(しおん)、ハマの二つは(くちびる)軽重(けいちょう)開合(かいごう)さわやかに、あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろを、一つへぎへぎに、へぎほしはじかみ、(ぼん)まめ、盆米(ぼんごめ)(ぼん)ごぼう、摘蓼(つみたで)摘豆(つみまめ)、つみ山椒(ざんしょう)書写山(しょしゃざん)社僧正(しゃそうじょう)粉米(こごめ)のなまがみ、粉米(こごめ)のなまがみ、こん粉米(こごめ)小生(こなま)がみ、繻子(しゅす)ひじゅす、繻子(しゅす)繻珍(しゅちん)(おや)嘉兵衛(かへい)()嘉兵衛(かへい)(おや)かへい()かへい、()かへい(おや)かへい、ふる(くり)()古切口(ふるきりぐち)雨合羽(あまがっぱ)か、番合羽(ばんがっぱ)か、貴様(きさま)のきゃはんも皮脚絆(かわぎゃはん)我等(われら)がきゃはんも皮脚絆(かわぎゃはん)、しっかわ(ばかま)のしっぽころびを、三針(みはり)はりながにちょと()うて、ぬうてちょとぶんだせ、かわら撫子(なでしこ)野石竹(のせきちく)。のら如来(にょらい)、のら如来(にょらい)()のら如来(にょらい)()のら如来(にょらい)一寸先(ちょっとさき)のお小仏(こぼとけ)におけつまずきゃるな、細溝(ほそどぶ)にどじょにょろり。(きょう)のなま(だら)奈良(なら)なま学鰹(まながつお)、ちょと()五貫目(ごかんめ)、お茶立(ちゃだ)ちょ、茶立(ちゃだ)ちょ、ちゃっと()ちょ茶立(ちゃだ)ちょ、青竹茶筅(あおだけちゃせん)でお(ちゃ)ちゃっと()ちゃ。

 ()るわ()るわ(なに)()る、高野(こうや)(やま)のおこけら小僧(こぞう)狸百匹(たぬきひゃっぴき)箸百膳(はしひゃくぜん)天目百杯(てんもくひゃっぱい)棒八百本(ぼうはっぴゃくほん)武具(ぶぐ)馬具(ばぐ)、ぶぐ、ばぐ、()ぶぐばぐ、()わせて武具(ぶぐ)馬具(ばぐ)()ぶぐばぐ。(きく)(くり)、きく、くり、三菊栗(みきくくり)()わせて(きく)(くり)六菊栗(むぎくくり)(むぎ)、ごみ、むぎ、ごみ、()むぎごみ、()わせてむぎ、ごみ、()むぎごみ。あの長押(なげし)長薙刀(ながなぎなた)は、()長薙刀(ながなぎなた)ぞ。()こうの胡麻(ごま)がらは、()のごまがらか、()ごまがらか、あれこそほんの真胡麻殻(まごまがら)。がらぴい、がらぴい風車(かざぐるま)、おきゃがれこぼし、おきゃがれ小法師(こぼし)、ゆんべもこぼして(また)こぼした。たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一(ちょう)だこ、()ちたら()()お、()ても()いても()われぬものは、五徳(ごとく)(てっ)きゅう、かな熊童子(くまどうし)に、石熊(いしくま)石持(いしもち)虎熊(とらくま)(とら)きす、(なか)にも、東寺(とうじ)羅生門(らしょうもん)には、茨木童子(いばらぎどうじ)がうで栗五合(ぐりごごう)つかんでおむしゃる、かの頼光(らいこう)のひざもと()らず。

 (ふな)、きんかん、椎茸(しいたけ)(さだ)めて後段(ごだん)な、そば()り、そうめん、うどんか、愚鈍(ぐどん)小新発地(こしんぼち)小棚(こだな)の、小下(こした)の、小桶(こおけ)に、こ味噌(こみそ)が、こ有()るぞ、小杓子(こしゃくし)、こ()って、こすくって、こよこせ、おっと合点(がてん)だ、心得(こころえ)たんぼの川崎(かわさき)神奈川(かながわ)程ヶ谷(ほどがや)戸塚(とつか)は、(はし)って行けば、やいとを()りむく、三里(さんり)ばかりか、藤沢(ふじさわ)平塚(ひらつか)大磯(おおいそ)がしや、小磯(こいそ)宿(しゅく)(なな)()きして、早天早々(そうてんそうそう)相州小田原(そうしゅうおだわら)とうちん(こう)(かく)れござらぬ貴賤群衆(きせんぐんじゅ)(はな)のお江戸(えど)(はな)ういろう、あれあの(はな)()てお(こころ)をおやわらぎやという。産子(うぶこ)這子(はうこ)(いた)るまで、この外郎(ういろう)御評判(ごひょうばん)御存(ごぞん)じないとは(もう)されまいまいつぶり、角出(つのだ)せ、棒出(ぼうだ)せ、ぼうぼうまゆに、(うす)(きね)、すりばち、ばちばちぐゎらぐゎらぐゎらと、羽目(はめ)(はず)して今日(こんにち)()でのいずれも(さま)に、()げねばならぬ、()らねばならぬと、(いき)せい()っぱり、東方世界(とうほうせかい)(くすり)元〆(もとじめ)薬師如来(やくしにょらい)照覧(しょうらん)あれと、ホホ(うやま)って、ういろうは、いらっしゃりませぬか。


いかがだったでしょうか。

私はこの台詞の中で、「ハマの二つは唇の軽重」という部分を特に面白いと思います。ハは唇が軽く、マは唇が重いということですが、これが発表された1718年当時、ハ行は唇を動かす音だったことがわかります。それも、「軽く」というのだから、今でも日本の一部の方言に残っている、両唇音の「ファ」だったに相違ありません。ひょんなところに日本語の音声に関する証言が隠されているものですね。

また、この時代もまだ「大晦日」を「おおみそか」でなく「おおつごもり」と言っているのも面白いと思います。私個人としては、「おおみそか」よりも「おおつごもり」の方が理屈の通った名付け方だと思います。「みそか」は“30日”ですが、大晦日は31日だし、陰暦でも月末は必ずしも30日ではありませんから。「おおみそか」の呼び名は江戸時代後半より現れ初めたようです。「大三十日」という表記が俳風柳樽に出ていると、小学館日本国語大辞典にあります。この古来より伝わって来た「おおつごもり」が、いつから「おおみそか」に完全に取って替わられたのか、興味深いところです。

さて、この台詞、諳んじてしまいませんか。初めは舌の回転もままならない難物ですが、一日に何度かくり返しているうちに、舌も慣れ、2〜3週間ほど過ぎると、部分的に口を突いて出るようになります。そうなったときに、一気に覚えてしまうのです。それから1〜2週間メインテナンスをくり返しせば、あとは、本文を見ないで言えるようになります。

私は、授業に行くとき、運転中に2度くらいそらんじると、口が滑らかに動くようになって、授業がしやすくなります。いろいろな滑舌の練習はありますが、無味乾燥なものが多く、暗記したいとは思わないものです。しかし、この外郎売りの台詞は、発音もさることながら、内容にも面白みがあるので、諳んじるのも楽しいですよ。まぁ、もともと発音が明瞭な人は、こんなことする必要ないんですけどね。